長文です。
地元の有志のグループによる手作りの大会、
それでも地域の特徴を活かし工夫を凝らして春秋の年二回の大会ももう10周年とのこと。
春はメインの173KMコースに加え55KM、80KMに合計450名超えの方々がエントリー。
全国でも有数のウルトラマラソンの大会となっている。
地元の者だと必ず絶句するこのコース、
地図上で見るだけでもすごい距離だが横から見ると笑うしかないこれでもかというアップダウンの連続。
これを173KM参加のランナーは夜通し2日かけて走り通す。
自分は一昨年55去年80KMコースに参加。その前の年も55コースに申し込んでいたが足首の故障でDNS。
今年も走りたい気持ちもあったが2月のハーフの失敗から気持ちが切れ、
それならば地元民として全国からわざわざ走りに来られる方々をサポートすべきじゃないかと。
とりあえずサポートで申し込んだが自分に何ができるのか疑問。
知ってる道だし細切れなら自分の脚でも走ったことがある道、立哨道案内なら出来るか。
事前スタッフミーティングがあれば参加したかったが皆さん慣れてるのかそういうのは無いよう。
いちど電話がかかってきて収容車は出来ますかと聞かれ出来ますと答えた。
3日の前日受付にも顔を出して確認、収容車は大変な仕事なので朝はゆっくり出てきて日中から十分仮眠を摂るようにしてくださいとの指示。
ランナーとして参加するよりキツい仕事だと脅される(^^;
当日朝6時にスタート地点へ。いつものジョギングコースの港の公園。
上がりそうで上がらない小雨。
午後からは上がりそう、でもかんかん照りよりはこのままの方が走りやすいかも。
まずはゴール地点と98KMの中間関門地点向けの荷物預かりを手伝う。
アーリースタート組ブリーフィング。
スタート準備。
7時スタート。
選手たちが真っ先に目指す稲佐山は雲の中で見えず。
クルーズ船入港。
10時スタート組ブリーフィング。
10時組スタート。
7時10時13時の各スタートを見届け自分もクルマで出発、
選手と共に進みながら各エイドでの仕事や通過チェックなどを手伝いながら待機。
この大会は各コースそれぞれ主催者が判断した走力に合わせてスタート時間が決められ
(実力のあるランナーが遅くスタート)すべてのフィニッシュは午後5時。
まずは25KM地点あぐりの丘エイドで待機。
10時スタートの選手が行ってしまった後で、自分がクルマで追い越してきた13時スタートの選手を待つ。
この時間帯はもちろん収容要請の連絡もなく鳥の声を聴き新緑を眺めながら。
ここのエイド食はおにぎりと味噌汁と地元のカマボコ。
かなり待って13時スタートのランナーが相次いで到着。
実力のある方々なのでまとまって来られるのでエイドも忙しく到着チェックのお手伝い。
朝は小雨だったが昼前から天候は急速に回復し日差しが出てランナーはみんな汗だく。
ひと段落したところでまた先へ進む。
ここはいなりとうどん。
ここのエイドステーションはお手伝いすることもなく先へ。
市街地を過ぎ南部方面、65KM付近の軍艦島が見える海岸先の三差路で進路が分かりにくく立哨をする。
だんだん陽が落ち風が出て立ってるだけで寒いほど。
道なりに長く進んできたランナー、
疲労もたまり集中力が切れつつあって右折せず直進する方数名。
173KMのコース中、ランナー携帯のコース図に加え
道に迷わないようにかなり細かく路上やコース脇に表示があるのだが暗くもなるしやはり分かりにくいところも出てしまう。
2時間ほど立哨をしまだ後から来るランナーもいるので後ろ髪引かれながら次の待機場所78KM樺島公民館へ。
ここはカレーライスが出る、ランナーの夕食である。
ここは漁港でもあるしどなたかの差し入れか刺身盛りもあり。
まだ半分来ていないがテーブルに突っ伏して休む方あり。
自分もカレーを頂く。
仮眠を取るように指示されるがもちろん眠れない。
まだリタイヤ者の収容はそれほどないが、ここの公民館を借りれるのが午後10時までということで9時から外に移動を始めそのお手伝い。
ランナー全員に対して公平にみな同じサポートをと主催者側は考えているのだが超長距離コースなのでなかなか難しい。
エイドステーションも最終ランナーを追いかけるように撤収していくスタッフの車が付く。
日も暮れてここからランナーにとってさらに過酷なアップダウンの厳しいコースとなる。
樺島エイドは難所の一つ樺島灯台CPへの入り口。
つまり灯台へ向かうランナーが通過してまた戻ってくる。
まだランナーの列は続くが今から灯台へ向かうと関門時間がかなり厳しいものとなる。
風も強く疲労で運動強度を上げれないと身体は冷える。
せめてエイドで暖かい飲み物や食べやすい物があればと思うがカレーももう撤収。
スタッフは後片付けをして次のエイド設営へ向かわなくてはならない。
自分もなんか辛い気持ちを抱えて次へ。
何度か数名のランナーの送迎をして樺島エイドから川原エイドへ待機場所を移動。
川原公民館99KM。
ここはコース途中一番の拠点。
ランナーの荷物を途中預けることができる唯一のエイドステーション。
で着替えたり仮眠もとれる。
選手に配られる預け荷物用ビニール袋にシャツ一枚だけの人もいれば補給食に着替えに替えシューズと慣れた感じの人、
リタイヤ覚悟か荷物一式スーツケース丸ごとの人もいる。
あとは予備の電池とか薬とか入れてる人も多いだろう。
ここは午前4時が関門。4時までに入ればいいのではなく4時過ぎてもスタート出来てないとリタイヤと見なされる。
男性用の広間は着替え荷物と雑魚寝のランナーでかなりいっぱい、それとすごいにおい(^^;
食堂でのエイド食は水餃子、おいしく頂き、さらにインスタントコーヒーがあって助かる。
クルマで仮眠取ろうと横になったりもするがどうせ眠れないとコーヒー飲んだり、矛盾。
クルマで収容に出ると走ってるランナーを見ることになるが、
ここが大きな関門だけれどもここまでくれば着替えたり横になったり出来るということでこの手前を行くランナーは気合を感じさせる姿勢。
すごいなぁと圧倒させられる。
関門時間の4時が近づき再スタートを済ませたランナーの荷物を運搬車に積む。
自分が乗せてきたリタイヤ宣言済みの選手もいるがまだ意思を決めてない選手もいる。
泣きながら走ってきたように見える軽いコスプレの女性も仲間に見送られ再スタート。
若いサッカースタイルの男性も気合で寒い外で着替え再スタートしていった。
4時の関門宣言ぎりぎりまで休むことを選ばれた男性二人も再スタート。
荷物積みも終え朝を待つリタイヤランナーを残し自分は無人エイドのチェックなどしながらゆっくり次の待機場所へ。
夜明け前、疲労眠気一番辛い時間帯かもしれない。
自分も運転中寝てしまえばかなりやばいので気持ちを引き締める。
途中の無人エイドで待機中空が明るくなり始める。
収容送迎後茂木エイドで待機。
送迎中も橘湾が見え始めすがすがしい朝になる。
しばらくするとすっかり明るくなり気持ちのいい朝。
歯を磨いて顔を洗い気持ちを切り替えて通過チェックなどエイドのお手伝い。
ここのエイド食は中華粥、トッピングの具材いろいろで朝食にぴったり。
ここからはMコース80KMの選手も通る。
応援の方もちらほら。
道路の左右の歩道から走って来られるので手前の横断歩道まで行って誘導もする。
ここの向かい側は熊本方面からのフェリーターミナル。
途中フェリーから降りて来た方からも声を掛けられる。
一人は大きなリュック背負ったランナー。軽快な足取りで走り去った。
もう一方はウォーキングでもトレッキングスタイルでもないが歩いて長距離を移動しているような方だった。
さすがゴールデンウィークって感じ。
もちろん通りすがりの人からも何の大会ですか?と良く声を掛けられる。
ざっとコースと趣旨を説明すると驚いた顔をされる。
でも実際はあなたの想像の何十倍も厳しい大会なんですよと思いながら。
快晴で日も高くなると選手の消耗が心配。
ここ茂木もリタイヤされたランナーの待機場所でもあるのだが手前の仮眠場所川原エイドで送迎車に乗れなかった数名をゴール地点まで送るためクルマを戻すことになる。
ちょうど仕事も少なくなってきたところだったがここで待機してる人も待ち時間が長くなってきてちょっと不満そう。
後ろ髪ひかれる思いでクルマを走らせる。
川原エイドで待ちくたびれたメンバーを拾いGWらしい混んだ幹線道路をゴール地点へ。
後で大会要項読むとリタイヤしたランナーもその後のエイドステーションに寄ってエイド食楽しんでくださいとあった、不覚。
雲仙に向かって走る千々石海岸。
日差しがランナーを苦しめた。
その後ゴール前軽便鉄道跡地道路10KMを何度か往復。
木陰が疲れ切ったランナーにやさしい道。
最後の待機場所は残り10KM弱の千々石エイド。
エイド食は冷たいぜんざい。
ここでは知り合いのランナーにも何人か会えた。
他のランナーと競うように走ってきた80KMコースのとっきゅうさん。。
すぐに無駄なく補給して再スタート。
この姿には自分も練習再開しなくてはと強く思わされた。
ウォーキング大会ですよといいながらも笑顔で現れたあずきさんにはやはりゆくゆくは自分も自分の足でこの173KMを完走したいと思わされた。
この大会ご夫婦で参加されてるかたもいる。
各エイドで見かける励まし合い先に進む姿は素晴らしい。
ここ残り10KM地点へ少し泣きながら到着された奥様とちょっと怒ったような旦那さん、
もう走れないという奥様と先に行くぞという旦那さん。
奥様はゆっくり休んで旦那さんを見送る。
エイドの方々は旧知の仲らしく明るく励ます。
こんなある意味極限状態でずっと一緒にいると夫婦でもよけい喧嘩になったりもあるだろう。
でもここまでこの時間で来れば完走は固い。
なんかちょっとうらやましい光景だった。
移動が必要な仕事には主に男性がついていたが、各エイド、特に飲食を担当するのはやはり女性。
その女性たちの動きが素晴らしかった。
この大会を走った経験のある人が多いのだろうけど、押し付けないおもてなしというかかゆいところに手が届くようなというか。
午後3時ころにはフィニッシュ地点へ移動。
もう仕事終わりな気分でフィニッシュしてくるランナーを拍手で迎える。
Hさんも初ボランティア参加で収容班ということで仲間意識あり。
制限時間が近づいてくるとゴールに飛び込んでくる完走された方やその家族や仲間の喜びもひとしおで、
こちらまで嬉しさが伝わってくる。
173KMか~自分に走れるかな、自分の走力なら何時スタートに選ばれるだろうかとかやはり考えてしまう。
とにかく身軽に走りたいタイプなのでマラニックは苦手なのだがそれなりの装備をしてもおしゃれにカッコよく颯爽と走ってる人も多くいた。
まあまだフルマラソンのタイムに未練あるし。
タイムを求めて真剣に走る80KMコース55KMコースのランナーも素晴らしい。
そちらにもまた挑戦したい気もある。
最後に唐比の途中関門でタイムアウトで待ってるランナーの収容。
その中にはMコース80KMに参加した知り合いの女性ランナーIさんがいた。
悔しさもありつつもまあ満足してるようだったのでよかった。
主催者のAさんTさん、今回自分たち収容班のリーダーだったKさん、みなさん自分よりだいぶ歳上。
情熱を持ちつつもランナーにあたたかく、そのうえで大会の運営を楽しんでされてる姿が印象的。
ちょっとお手伝いさせてもらっただけだがこちらもすがすがしい気持ちで終えることができた。
とにかく事故無く自分の仕事も終えることが出来て良かった。
緊張して運転していたのでかなり肩が凝ってしまったが(^^;
帰る選手のバスを見送りゴミや荷物をまとめさすがに疲れたので失礼する。
残った荷物の中に大量の焼酎あり。
残った選手スタッフボランティアの皆さんは温泉浸かったら待望の懇親会。
怖いような参加してみたいような(^^)
まあ自分だとアルコールには弱いのでランナーとしてもスタッフとしてもへとへとになった後では一杯飲んですぐ撃沈は目に見えてるが。
長崎ケーブルメディアの取材動画。
地元の良さを再確認させてもらった、ランナー、スタッフ、ボラ、皆さんに感謝。